神戸新聞NEXT|社会|「雲海バス」でいざ竹田城跡 マイカー客向けに朝来市


兵庫県立考古博物館(播磨町)は17日、姫路市博労町の「姫路城城下町跡」で、江戸時代に、城の西の玄関口だった木橋「備前門橋」の礎石と橋台の一部が見つかったと発表した。

 備前門橋は外堀の役割を果たした船場川に架けられ、主要路・西国街道を行く参勤交代の大名らが往来した交通の要所。城の外縁に位置する橋の遺構が確認されるのは全国的にもまれという。

 また、姫路市教育委員会も同市神屋町で、姫路城の南東隅に当たる外堀の石垣を確認した。備前門橋の遺構発見と合わせ、姫路城の全体像に迫る貴重な資料となる。(仲井雅史)

(神戸新聞NEXT|文化|姫路城外縁に貴重な遺構発見 橋の礎石や外堀石垣から)

出典: kobe-np.co.jp


 真庭市教委が発掘調査を進めている市史跡・高田城(同市勝山)の本丸跡から、城の出入り口「虎口(こぐち)」の一部とみられる石積みが出土した。戦国時代の戦乱の舞台になった城の構造を知る貴重な遺構で、江戸時代初期に取り壊されていたことも明らかになった。

 市教委によると、2011年度から4年計画で城山の地形の測量や発掘調査を続けている。今年度は7月下旬から東西約10メートル、南北約20メートル、深さ約1・4メートルの範囲を調べていた。

 虎口は城に攻めてきた敵が直進できないように屈曲した出入り口。瓦ぶきの門があったとされる本丸跡の一角で見つかった。南北に連なる4段の石積みが2列あり、その内側に1段の石積みが確認され、東西約3・5メートル(2間)幅の虎口だったことがわかった。

 遺構の土の層には建造物などを焼却したとみられる炭化物や焼土が堆積(たいせき)。一帯からは17世紀初頭の瓦なども出土した。1615(元和元)年の一国一城令や島原の乱後の38(寛永15)年の城跡破却命令のころに取り壊されたことを裏付ける結果になった。

 調査は今月末ごろに終了し、遺構は埋め戻される。今月15日には現地説明会が開かれ、市民ら約60人が参加した。市教委生涯学習課は「調査結果を基にパンフレットを作ったり案内板を設置したりして保存整備に生かし、県史跡の指定を目指したい」としている。(松尾俊二)

     ◇

 〈高田城〉 築城者や築城の時期は諸説あるが、14世紀に地頭として関東地方から移ってきた三浦貞宗が勝山の二つの丘陵に築城したと伝えられている。戦国時代には山陰の尼子氏、備前の宇喜多氏、安芸の毛利氏が侵攻し、争奪戦を繰り広げた。関ケ原の合戦の後は小早川氏の配下を経て、津山藩主となった森氏が支城としていたが、廃城に。その後、1764(明和元)年に後期三浦氏が入って御殿などが整備された。

 (岡山)真庭市・高田城の虎口の石積みが出土:朝日新聞デジタルから)

 真庭市教委が発掘調査を進めている市史跡・高田城(同市勝山)の本丸跡から、城の出入り口「虎口(こぐち)」の一部とみられる石積みが出土した。戦国時代の戦乱の舞台になった城の構造を知る貴重な遺構で、江戸時代初期に取り壊されていたことも明らかになった。

 市教委によると、2011年度から4年計画で城山の地形の測量や発掘調査を続けている。今年度は7月下旬から東西約10メートル、南北約20メートル、深さ約1・4メートルの範囲を調べていた。

 虎口は城に攻めてきた敵が直進できないように屈曲した出入り口。瓦ぶきの門があったとされる本丸跡の一角で見つかった。南北に連なる4段の石積みが2列あり、その内側に1段の石積みが確認され、東西約3・5メートル(2間)幅の虎口だったことがわかった。

 遺構の土の層には建造物などを焼却したとみられる炭化物や焼土が堆積(たいせき)。一帯からは17世紀初頭の瓦なども出土した。1615(元和元)年の一国一城令や島原の乱後の38(寛永15)年の城跡破却命令のころに取り壊されたことを裏付ける結果になった。

 調査は今月末ごろに終了し、遺構は埋め戻される。今月15日には現地説明会が開かれ、市民ら約60人が参加した。市教委生涯学習課は「調査結果を基にパンフレットを作ったり案内板を設置したりして保存整備に生かし、県史跡の指定を目指したい」としている。(松尾俊二)

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 〈高田城〉 築城者や築城の時期は諸説あるが、14世紀に地頭として関東地方から移ってきた三浦貞宗が勝山の二つの丘陵に築城したと伝えられている。戦国時代には山陰の尼子氏、備前の宇喜多氏、安芸の毛利氏が侵攻し、争奪戦を繰り広げた。関ケ原の合戦の後は小早川氏の配下を経て、津山藩主となった森氏が支城としていたが、廃城に。その後、1764(明和元)年に後期三浦氏が入って御殿などが整備された。

(岡山)真庭市・高田城の虎口の石積みが出土:朝日新聞デジタルから)

出典: digital.asahi.com


国重文の「彦根城馬屋」で屋根ふき替え、22日から公開 滋賀 - MSN産経ニュース


二俣城跡の曲輪に石垣 21日に現地説明会:静岡:中日新聞(CHUNICHI Web)


沼田城:ミニチュア完成 「名工」杉田さん /群馬 - 毎日新聞


【小山評定の群像(54)】下克上で大名の地位失うも御家再興 逆境にもしぶとかった京極高知 - MSN産経ニュース


滋賀県長浜市大依町の浅井歴史民俗資料館で、主に県内の城郭の瓦を紹介する企画展「八雲コレクション-瓦から見た戦国時代」が開かれている。安土城(近江八幡市)跡出土と見られていたが、伏見城(京都市伏見区)跡出土だったと判明した金箔(きんぱく)瓦が特別公開されている。

 金箔瓦は直径13・5センチの軒丸瓦。長浜市上之町の神職で「八雲」という名で郷土史を研究していた田中礎さん(故人)が戦前に収集し、安土城の瓦とともに保管していた。1994年からは同資料館が管理し、今回、田中さんの収集品を公開することになり改めて調査した。

 城郭史に詳しい滋賀県立大の中井均教授がこの金箔瓦を調べたところ▽仏教法具の「輪宝」の文様があり、安土城で出土例はなく伏見城では出土例がある点▽安土城では凹部分のみに金箔が施されているが、伏見城と同様に凸面に金箔が貼られている点-から、伏見城の瓦であると判断した。

 中井教授は「大名屋敷で使われていた瓦だろう」としている。

 企画展では、他に安土城や長浜城(長浜市)、坂本城(大津市)などの瓦23点が展示されている。12月21日まで(月曜休館)。午前9時~午後5時。高校生以上300円、小中学生150円。問い合わせは浅井歴史民俗資料館TEL0749(74)0101。
 (金箔瓦、伏見城跡出土と判明 滋賀・八雲コレクション : 京都新聞から)

滋賀県長浜市大依町の浅井歴史民俗資料館で、主に県内の城郭の瓦を紹介する企画展「八雲コレクション-瓦から見た戦国時代」が開かれている。安土城(近江八幡市)跡出土と見られていたが、伏見城(京都市伏見区)跡出土だったと判明した金箔(きんぱく)瓦が特別公開されている。

 金箔瓦は直径13・5センチの軒丸瓦。長浜市上之町の神職で「八雲」という名で郷土史を研究していた田中礎さん(故人)が戦前に収集し、安土城の瓦とともに保管していた。1994年からは同資料館が管理し、今回、田中さんの収集品を公開することになり改めて調査した。

 城郭史に詳しい滋賀県立大の中井均教授がこの金箔瓦を調べたところ▽仏教法具の「輪宝」の文様があり、安土城で出土例はなく伏見城では出土例がある点▽安土城では凹部分のみに金箔が施されているが、伏見城と同様に凸面に金箔が貼られている点-から、伏見城の瓦であると判断した。

 中井教授は「大名屋敷で使われていた瓦だろう」としている。

 企画展では、他に安土城や長浜城(長浜市)、坂本城(大津市)などの瓦23点が展示されている。12月21日まで(月曜休館)。午前9時~午後5時。高校生以上300円、小中学生150円。問い合わせは浅井歴史民俗資料館TEL0749(74)0101。
(金箔瓦、伏見城跡出土と判明 滋賀・八雲コレクション : 京都新聞から)

出典: kyoto-np.co.jp


夜の彦根城(彦根市)を特別に開門し、ライトアップされた天守(国宝)を間近で楽しんでもらうイベントが14日、行われた。

 同市で11月28~30日に開かれる「全国城サミットin彦根」を控え、彦根観光協会が企画。通常、午後5時に閉める表門を同6時半~10時、無料開放した。

 最初の1時間だけで市民ら約1100人が城内の坂道を上り、闇に浮かんだ天守が眼前に現れると、「わぁ、きれい」と歓声が起きた。京都市の会社員八田弦さん(37)は「昼間に見る彦根城とはまた違って、ぜいたくな感じですね」と話していた。

 11月29日にも同じ時間帯に一般公開する。問い合わせは同協会(0749・23・0001)。(布施勇如)
 (夜の彦根城天守間近に : 地域 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)から)

夜の彦根城(彦根市)を特別に開門し、ライトアップされた天守(国宝)を間近で楽しんでもらうイベントが14日、行われた。

 同市で11月28~30日に開かれる「全国城サミットin彦根」を控え、彦根観光協会が企画。通常、午後5時に閉める表門を同6時半~10時、無料開放した。

 最初の1時間だけで市民ら約1100人が城内の坂道を上り、闇に浮かんだ天守が眼前に現れると、「わぁ、きれい」と歓声が起きた。京都市の会社員八田弦さん(37)は「昼間に見る彦根城とはまた違って、ぜいたくな感じですね」と話していた。

 11月29日にも同じ時間帯に一般公開する。問い合わせは同協会(0749・23・0001)。(布施勇如)
(夜の彦根城天守間近に : 地域 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)から)

出典: yomiuri.co.jp


姫路の鯱(しゃちほこ)は雌ばかり? 世界文化遺産・国宝姫路城で、「平成の大修理」から全容を現した大天守の鯱瓦(しゃちがわら)について、そんな話題が広がっている。鯱瓦は城の象徴ともいえる意匠で、通常は雄と雌とで一対になっているという。ところが、姫路城大天守には雄が一尾もいないとか。この不思議な説の真相やいかに‐。(仲井雅史)

 鯱は、頭が虎、胴体が魚のような想像上の生き物。火よけの霊験があるとして、城郭建築に取り入れられたとされる。仁王像や狛犬(こまいぬ)などのように「阿吽(あうん)」一対になっており、口を開けているのが「阿」で雄、閉じているのが「吽」で雌とされる。

 復元ではない「現存(げんそん)天守」の松江城、著名な名古屋城の金のしゃちほこも、雌雄ペアで紹介されることが多い。口の開け方のほか、雄はうろこが荒いなど造形的にも異なる。

 姫路城大天守には計11尾の鯱が載り、全て「昭和の大修理」で取り換えられた。「昭和の鯱」は、同城で現存最古の1687(貞享4)年の鯱瓦がモデル。ところが、この「貞享の鯱」はなぜか1尾のみで、一対としては残っていなかった。これを基にした結果、11尾全てが同じ形になってしまった。

 造形の比較対象がないため、貞享の1尾が雌雄どちらかは定かではない。だが、口を閉じているように見えることや、当初置かれていた方向(西)などから、雌との説が流布しており、「11尾全てが雌」説が広まったようだ。

 「平成の大修理」は、大天守で最も高い位置にある大棟の一対だけを交換。これも「貞享の鯱」を踏襲し、2尾とも同じ形に。「平成の大修理で雌雄一対に戻してほしかった」と、城ファンから残念がる声も漏れる。

 しかし、「確実な資料がないものを想像では作らない。文化財の原則」と姫路市城周辺整備室の小林正治さんは話す。今後、実物や絵図などで一対の造形が見つかれば、晴れて雌雄が復活する可能性はあるという。

 白亜の姿を取り戻した大天守。城のてっぺんを見上げ、鯱の雌雄を論じるのも一興かもしれない。
 (神戸新聞NEXT|社会|大天守の“殿”不在の謎 しゃちほこは全て雌? 姫路城から)

姫路の鯱(しゃちほこ)は雌ばかり? 世界文化遺産・国宝姫路城で、「平成の大修理」から全容を現した大天守の鯱瓦(しゃちがわら)について、そんな話題が広がっている。鯱瓦は城の象徴ともいえる意匠で、通常は雄と雌とで一対になっているという。ところが、姫路城大天守には雄が一尾もいないとか。この不思議な説の真相やいかに‐。(仲井雅史)

 鯱は、頭が虎、胴体が魚のような想像上の生き物。火よけの霊験があるとして、城郭建築に取り入れられたとされる。仁王像や狛犬(こまいぬ)などのように「阿吽(あうん)」一対になっており、口を開けているのが「阿」で雄、閉じているのが「吽」で雌とされる。

 復元ではない「現存(げんそん)天守」の松江城、著名な名古屋城の金のしゃちほこも、雌雄ペアで紹介されることが多い。口の開け方のほか、雄はうろこが荒いなど造形的にも異なる。

 姫路城大天守には計11尾の鯱が載り、全て「昭和の大修理」で取り換えられた。「昭和の鯱」は、同城で現存最古の1687(貞享4)年の鯱瓦がモデル。ところが、この「貞享の鯱」はなぜか1尾のみで、一対としては残っていなかった。これを基にした結果、11尾全てが同じ形になってしまった。

 造形の比較対象がないため、貞享の1尾が雌雄どちらかは定かではない。だが、口を閉じているように見えることや、当初置かれていた方向(西)などから、雌との説が流布しており、「11尾全てが雌」説が広まったようだ。

 「平成の大修理」は、大天守で最も高い位置にある大棟の一対だけを交換。これも「貞享の鯱」を踏襲し、2尾とも同じ形に。「平成の大修理で雌雄一対に戻してほしかった」と、城ファンから残念がる声も漏れる。

 しかし、「確実な資料がないものを想像では作らない。文化財の原則」と姫路市城周辺整備室の小林正治さんは話す。今後、実物や絵図などで一対の造形が見つかれば、晴れて雌雄が復活する可能性はあるという。

 白亜の姿を取り戻した大天守。城のてっぺんを見上げ、鯱の雌雄を論じるのも一興かもしれない。
(神戸新聞NEXT|社会|大天守の“殿”不在の謎 しゃちほこは全て雌? 姫路城から)

出典: kobe-np.co.jp


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